伊藤ガビンって誰?? こんな人!

ディスクリプションなど

美術参加作品

芸術家としての顔

伊藤さんはクリエイター、ひいては美術家としての活動を行なっています。美大で教鞭を振るっているわけでありますから当然のことといえば当然ですが、芸術分野での伊藤さんの奏でる創作活動のいったんというものは非常に味の濃い作品となっております。Webサイトの編集などに見られるようなデザインとは違って、こちらは完全に芸術という面での性質を全力で表現していると感じるほどに感性豊かなものとなっております。そういうことではこちらの作品の方が芸術分野に疎い人からすれば、理解するには苦しいということになるかもしれない。そもそも芸術というものは何も知らない人間からすれば、見ても口から出てくる言葉は全てで任せであるといって良いでしょう。しかし批評家達がそんな芸術家が残した作品の本質を見て、その作品に込められた思いを言葉にして表現して、さらにその作品に対して分かったような口ぶりをすることは、本当に作品に対しての経緯からくることなのでしょうか?私はいつもそう思います、結局のところは製作した本人にしかわからないような作品ばかりが世界に存在しているということを。

伊藤さんが作り出す芸術作品に関しても、何かしら見た感想を持つことは在ってもその作品から伊藤さん本人がその作品を作るまでに掛かった情熱や魂、そして理想などの伊藤さんを示すような要素を知ろうというのは、無理でしょう。理解できるわけないです、だって本人ではないからです。結果的にモノをいわせてもらうとなったら、見て思った感想がすべてであるということになります、人によって思うところはあるでしょうが、芸術作品というものは人によって感じるところが全く異なっているので理解するのも、否定するのも難しいといえるでしょう。単純に色の使い方や絵のデザインなど、絵というものは表現するとしたら何も知らない一般人が理解できることもないでしょう。

さて、そんな芸術関係にも伊藤さんは出店して展覧会に参加するなどの活動をしています。展覧会に参加しているのかを見てみましょう。

アノーマリー展

1992年9月4日、この日からレントゲン藝術研究所で催されたグループ展である『アノーマリー展』というものが始まりました。展覧会は同年11月4日まで開催され、美術批評家の椹木野衣をゲスト。キュレーターとして迎え、伊藤さんを始めとした4人のクリエイターが芸術家としてその腕を振るうことになりました。内容としては90年代のネオ・ポップの台頭を象徴した展覧会として後々知られるようになるなど、現在の展覧会の歴史としてみたら先駆的な内容となっています。

展覧会名で使われている『アノーマリー』というのは、一般的な英単語の意味としては異常性・変則的、例外状態を意味しており、椹木さんは戦後日本の美術の特徴としてそのような体系の特異点、すなわち『とある規則的な体系において、それが絶対に必要であるにも関わらず、それを考慮に入れると致命的な矛盾が生じてしまう事態』が挙げられます。こうした主旨を元にすると、伊藤さんたちは自分達の成長期に大量に摂取したインスタントラーメンで形成した巨大自画像でもある『セルフポートレイト1972-82』などといった、中原浩大は内部に塩化マグネシウム溶液を貯水した巨大なタンクを描いたものや、村上隆は16歳のことに水銀灯を円状に配列した『シーブリーズ』を、ヤノベケンジさんは小型のユンボを家型のシェルで被い、緊急脱出用のカプセルも備えた『グランドハウス ゴー!ゴー!ゴー!』を発表することになった。『アノーマリーというより、単純に技術のノーマリティを感じた』というような批評がないわけではなかったが、それでも玩具・アニメーション・SF・ジャンクフードといった記号を取り入れた作品に関しては、60年代のポップアートとは異なっている、90年代ならではの新たなポップの登場を華々しく告げることになった。

六本木クロッシング2007

伊藤さんは他にも2007年に開催された『六本木クロッシング2007』にも出店することになりました。こちらの美術展は、多用していく日本のアーティストを紹介している『六本木クロッシング』についても、現在進行形の美術の動向に注目する森美術館ならではのシリーズ展として2004年からスタートした美術イベントとなっています。こちらの展覧会は伊藤さんが出演したときには第2回と初めて間もない頃となっており、この時には『交差ークロッシングー』という意味に焦点を当てて、4人のキュレーターによる活発な議論を通して、枠に収まらないエネルギーと影響力を持っている、今だからこそ見せられるアーティスト36組を厳選して紹介しています。その中に伊藤さんが含まれているということは、本当に伊藤さんは日本が誇る立派なアーティストとしての面も持っているクリエイターとして活動しているということだ。その以外の活動はほとんど自分のしたいことをして息抜きを行っているということに繋がっているのかも知れない。

展覧されている作品については作家それぞれの表現形態は様々となっており、絵画や彫刻、写真にデザイン、映像と演劇、漫画にゲーム、人形とペンキ絵といったような多種多様なもので表現されている。そんな様々なもので芸術性を表現している若手ならではの目覚しい活躍ぶりを、60年代、70年代の日本アートシーンを牽引しており、今でも継続して精力的に活動している作家さん達もこぞって紹介しているところで、まさに様々な年代から登場したアーティスト達が一堂に介している展覧会となっています。

様々な業界に携わっている作品たちがコラボレーションすることで生まれる、不思議な共通点や影響を発見できたり、予想外の楽しさや新鮮なエネルギーを見出すことができるかもしれないというんですから、芸術性を磨きたいという人には非常に魅力溢れる祭典だったということでしょう。作品を作る中で生まれる、精緻な手仕事、考え抜かれて作り出されたコンセプト、観客を刺激して双方向名仕掛けを施している作品等など、アートの矜持というものを練りこんだ様々な要素を総合的に体感できる世に構成されているこの展覧会では、意欲的な新作も数多く発売されていますから知識のない一般人が見ても楽しめる内容となっているといます。

この展覧会が一貫して行なっているのは、この展覧会をアーティスト一人ひとりの独創的な表現と、時代の交差に目を向けながら、時や分野を超えて息づく日本の想像性とその傾向を考察して、過去・現在・そして未来へと続いていくための、躍動溢れる日本のアートの可能性を追求していく採点としての意味合いが非常に強く出ているといえるでしょう。

こうした採点に出場できるということは、伊藤さんは芸術家として美大で教鞭を振るっているということを考慮してもこうした要素を垣間見ることの出来る美術センスを持ち合わせてみるということになるのかもしれない。

森美術館とは

こういった祭典を開催している『森美術館』とは、21世紀に生きている現代の私たちは、多くの国の多様な文化がどれも同じようにそれぞれ重要であるという世界観の中に存在しており、そんな世界観の中で住むということに対して、『現代性』と『国際性』を最も重要な要素として理念に掲げて、アジアを中心とした世界の諸地域の先端的なアートを率先して紹介している美術館となっています。グローバル化の時代にふさわしい、活動の『基盤』と思想的『文脈』を作り出して、新たなアートの可能性を世界に開示しているという側面も持ち合わせています。

また、その活動をを通して人々の知的好奇心を刺激して、アートと21世紀の人間の生き方についてのヴィジョンを提示することを志しているのです。非常に壮大なコンセプトを掲げているこの美術館は、まさに今後の日本の芸術文化を支えるための柱として活動していき、ゆくゆくは日本から世界に発信できるような作品を数多く作り出して行こうとする動きが非常に強く見られるということです。